漆器はかくして作られる 其の参 伝統工芸士・吉井 信公氏

4月15日午前11時、市内飯盛にある吉井漆器工房をたずねて吉井信公(のぶひろ)さんにお話をうかがってきました。 吉井さんは師匠の物井さんに弟子入り以来60年、虫喰塗・根来塗などの変り塗を窮めた会津塗師の重鎮です。国から叙勲もされておられます。

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昭和12年  会津若松市に丸物塗師・吉井 友喜の長男として生まれる。

昭和30年  物井与太郎師匠に弟子入り。

昭和37年 独立。大吉屋二代目となる。

平成9年 伝統工芸士に認定される。

平成18年 会津伝統工芸士会副会長。

平成20年 瑞宝単光章授章。

6月に東京で開催されるショーに弊社が参加することになり全国でも会津だけで行われている虫喰塗の第一人者・吉井さんにショー用のお椀・皿・箸・ぐい呑みを製作していただくことになりました。これにあわせてあいづやでの販売用の箸・ぐい呑みの製作も依頼することに。そんな経緯で今回の『漆器はかくして作られる』は吉井さんにご登場願うことになりました。

ここまでベースとなる箸に生漆(きうるし)を塗って(木地固め)、下塗り後黒漆を厚めに塗ってから大麦のモミを全体に手で蒔きます(虫立て)。乾燥後ヘラでモミを落とすとクレーター状の凹みとそれを取り囲む土手状のカベが無数にできています。

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写真は280番のペーパーで土手の高さを整えたところ。この土手が虫喰塗の基礎となる。厚めに塗った漆の表面張力とモミの表被の毛細管現象との相乗効果でけっこうな高さの土手が形成される。結果、おおむね土手のフチ→ベースの箸表面→クレーターの底の順で無数の複雑な高低差が生じる。この上に銀・木地呂漆・色漆を重ねて平らに研ぎ出すとあの複雑な虫喰模様ができる。この複雑な高低差がないとただの水玉模様の変形版にしかならない。虫喰塗はもともと江戸時代に刀の鞘を美しく塗ってオシャレを競った変り塗が起源。ムカシのヒトはすごいことを考えたものだ。先人の知恵に脱帽。

※今回の取材は当方の都合にてここからの撮影となり大麦を蒔いた箸(虫立て)の撮影ができませんでした。ただし、吉井さんに虫立ての段階等のお椀をお借りしたので次回『漆器はかくして』でご紹介します。

乾きのはやい黒呂色漆を布に含ませてサッと塗りつけ別の布で拭き取ると箸表面にほんの少しだけ漆が残ります(摺り漆・拭き漆)。10本ほど摺り漆をしたらちょうど良い乾き具合になるので鹿の腹をなめした革に銀粉をつけて蒔きつけます(銀蒔)。

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左写真が薄塗した呂色漆を摺り込む(拭き取る)ところ。右が銀蒔。両方ともやや力を込めて作業する。「漆は接着剤の役目をします。力を抜くとクレーターの付け根と底に漆が届きません。そうなると銀粉も定着しないから力を入れるのです」(吉井さん)。

 

 

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銀蒔が終わった箸(写真左)は箸が乗ったス板(すいた・赤松の板)ごと背後の押入れにそっくりな乾燥風呂で収納・乾燥させる。ちなみに風呂の内部は約7センチごとに段がつけられていて細い横棒(棚木・たなぎ)を二本わたしてそこにス板を直交させて使用する(右写真)。棚木とス板の使い方しだいで高さのあるモノ(例・次回紹介予定の色漆を塗った箸は立てて乾燥させる)も乾燥させることができる。職人さんの工房にお邪魔させてもらうたびに思うことだがムダが一つとしてなくて、あらゆる工程が考え尽くされている。

ふと腕時計をみると12時を過ぎています。午後1時からの取材の許可をいただいていったん食事タイムとなりました。キリが良いので今回はここまで。次回はお椀とぐい呑みの色付けをご紹介します。おたのしみに!