漆器はかくして作られる 其の四 伝統工芸士 吉井信公氏

4月15日午後1時、市内飯盛の吉井漆器工房にお邪魔をして午前中につづけてお話をうかがってきました。午前中は虫喰塗の箸の銀蒔でしたが、午後は虫喰の箸・お椀・皿・ぐい呑みに色漆をつけていきます。

ここまで各アイテムとも木地固め→下塗り→中塗り→大麦のモミ蒔→銀蒔→木地呂漆の工程を終えています。吉井さんに各工程のお椀のモデルを借りてきたのでこれで説明します。

006_R002_R左写真は中塗漆を厚く塗った直後に大麦を手蒔きして乾燥させたお椀。右がお椀表面のアップ。大麦が取れている箇所に注目。漆の表面張力とモミの表皮の毛細管現象との相乗効果でお椀の表面に月面のクレーター状の凹みとそれを取り囲む土手状のカベができている。結果、土手→お椀の表面→凹みの順で無数の高低差が生じて、コレが虫喰塗の基礎となる。この上に銀粉→木地呂漆→色漆を塗り重ねて平滑に研出を行うとあの複雑な虫喰模様が現れる.

 

004_Rモミは固めのヘラではがす(モミはがし)。写真左がモミはがし直後。この段階ではまだ土手の高さはバラバラなので280番の耐水ペーパーで均一に整える(虫殺し・写真右)。「研ぎすぎると意図した柄が出ない」(吉井さん)ので慎重に研磨。

 

 

005_R067_Rそして乾きの速い黒呂色漆をうすく塗って乾燥風呂に入れ、頃合を見計らって鹿の腹をなめした革に銀粉をつけて蒔きつける(銀蒔)。左写真は銀蒔後のお椀。この後木地呂漆を塗って乾燥風呂へ。右写真が今日乾燥風呂から出したお椀。これでやっと本日の色漆の作業の紹介に入ることができる。

 

乾燥風呂から木地呂漆が乾燥したお椀・皿・ぐい呑みをス板(すいた)に載せたまま取り出します。今回の注文分はお椀10、皿10、ぐい呑み100、箸100。各アイテムは金虫・赤・洗朱・青・緑の5色に塗り分けられることになります。これだけの品数と色数をこなすためには色漆を一色作っては各アイテムを塗りあげてから次の色にかかるのが作業効率上ベストになります。今日は赤→洗朱→青→緑の順で塗っていくことになります。

064_R065_R066_R乾燥風呂から取り出した皿とお椀(左写真)とぐい呑み(中央写真)。ス板に載ったまま出された各アイテムは色漆を塗ったらそのまま同じス板に載せて再び風呂で収納・乾燥させる。ス板は重ねて職人の近くに置いて立ち上がることなく作業を続けることができる(右写真)。

 

今日は赤(本朱)から。色漆は数日前に調合して保管してあります。調合時にガラス板に少量試し塗をして風呂で乾燥させ、発色・乾燥の具合を確かめて微調整をして吉野紙でホコリや不純物を濾してから刷毛塗りしていきます。

074_R試し塗のガラス板。塗面の乾燥はもちろん裏返して見れば内部の乾燥の具合まで分かる必須アイテム。本朱は吉井さんの予想より乾燥が速かったとのことで、不乾漆(ふかんうるし)を添加して「漆を遅くした(乾きを遅くした)」(吉井さん)。逆に漆を遅くしたければグリセリンを添加させる。

 

 

079_R 080_R 082_R吉野紙で本朱を包んで両端を絞り上げて濾す(左写真)。はじめは白い紙が本朱で真っ赤になる(中央写真)。漆はけっしてムダにしない。歯で紙の一端をくわえて絞りながら顔を小皿に近づけて最後の一滴までヘラでかきとって移す(右写真)。

 

いよいよ塗りの開始です。まず箸から。箸先3センチほどのところを摘んでアタマに向けて塗っていきます。

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単純に根元から天にむけて一直線に塗っているように見える。しかしここにも一工夫が。「刷毛に含まれた漆は均一には出て行きません。漆を足さない限りは徐々に出が少なくなってしまう。そこで刷毛をほんの少しだけ横方向に動かして余分な漆を配っておいて次のひと塗りのときにその漆を延す(のす・延ばす)ことで均一な塗面にします。これは師匠の物井先生から教わったテクニックです」と吉井さん。「でもコレ、文章で表現できますかね(笑)?」。仏様みたいに穏やかなお顔で無理難題。吉井さん、ちゃんと文章になっているでしょうか?

 

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刷毛の構造は鉛筆と同じ。芯にあたる髪の毛を2枚の薄板がラミネートしている。毛が磨り減ったら板をナイフで削って毛を露出させて使う。ご覧のように漆をつける前の刷毛先はパサパサでかなり使い込まれた様子。「毛先が使い込まれた刷毛を使うのにはワケがあります。使い込むうちに刷毛に含まれているニカワやゴミなどの不純物が取れるので上塗に向くのです。逆に毛先を出したばかりの刷毛は下塗などに使います」と吉井さん。写真の刷毛は吉井さんがお父上から受け継いだモノ。長年使い込んで磨り減ってしまったので吉井さんは木を継ぎ足して使用。継ぎ足した部分が太くなっている。

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塗り終えた箸はダンボールの断面を縦に敷き詰めた自製の箸立に挿してス板ごと乾燥風呂へ。これだけ簡単で、効果覿面、コストはほぼゼロ。簡潔明瞭とはこのことか(左写真)。箸と箸立は合わせて30センチほどの高さになる。ここで棚木(たなぎ)とス板を組み合わせて縦にスペースを作って収納することになる(『漆器は 其の参』を参照)。ちなみに塗り残した箸先は後日塗って発泡スチロール製の箸立に挿して乾燥させる。

気がつくとかなり長いブログになってしまいました。このツヅキは次回『漆器は』にて。おたのしみに!